世界的写真家のユージン・スミスは、
33年前の10月に約60年の生涯を閉じた。
日本の企業と政府が隠そうとしていた公害「水俣病」の真実を、
被害者の生々しい惨状を全世界に知らしめた。
芸能人の醜聞作りで、シャッターを切るカメラマンもいるが、
被災者に敬意をもって寄り添い、鋭い現実の眼で写真を撮る彼は、
真のフォト・ジャーナリストであり、アーチストだと信じる。
杉並にあった育英高専で17歳の時、倫理社会の授業を2週にわたって、
教師から任された(教師が注目する中で)ことがあった。
私が公害について、膨大な資料と向き合って
レポートを提出していたからだ。
足尾銅山の次に、より顕著な公害・・渦中の水俣病も調べた。
くだらんと退席する学生もいたが、続けてやり遂げた。
その後、出版された写真集MINAMATAを食い入るように見た。
あれから半世紀・・学生から還暦過ぎのグランパになった自分は、
映画MINAMATAを見て、涙が流れそうになった。
彼とはついに会えなかったが、彼を描きたいと思った。
ユージン・スミスは、ごく普通の弱い人々にとって、
心から"友人"と呼ぶにふさわしい人だと信じている。
粗目のチャコール・ペンシルで、
彼の痛みと傷を表現したいと思った。
清き水、恵み多き水俣の美しき空と海、
母が我が子を慈しむ湯は愛に満ちている。
【ユージン"友人"スミス】
William Eugene Smith is Friends of suffering people.
紙に交響(多種)水彩 チャコールペンシル 54×38cm