野菜画 後半へ


まったく知人のいない秩父に来て
14年近くが経過した。
差し出してくださった野菜
私にとって
単なる食べ物ではなく、命を宿す
懸命に生きている存在たちだった。
秩父に来ていなければ、野菜画という個展は無かっただろう。
この日に書いているが、前から思っていたことかもしれない。
http://d.hatena.ne.jp/artkomoto/20101226
10点ほどのつもりが20点となった。